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東京高等裁判所 平成6年(ネ)651号 判決

主文

本件控訴及び附帯控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の、附帯控訴費用は被控訴人の負担とする。

理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人兼附帯被控訴人

1  原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  本件附帯控訴を棄却する。

4  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人兼附帯控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  原判決中附帯控訴人敗訴部分を取り消す。

3  附帯被控訴人は、附帯控訴人に対して、原判決認容額のほか金一〇〇九万八六〇一円及びこれに対する平成四年三月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は、第一、二審とも控訴人の負担とする。

第二  事案の概要

次のとおり付加するほか、原判決事実摘示のとおりである。

(控訴人の当審における主張)

控訴人の担当者小向は、先物取引であることを秘して被控訴人に取引の勧誘をしたものではなく、先物取引であつて、その取引に危険性があることを十分に説明している。そのことを示すものとして、約諾書及び通知書などがあるのに、これを無視した原審の判断は、事実を誤認したものである。そして、原判決は、平成二年九月二六日以前の取引について、被控訴人の十分な指示なしに行われたものであるとしているが、その取引の一つである平成二年八月三〇日の建て玉(金五一枚買い、白金一〇二枚売りのストラドル取引)は、平成三年二月一四日に仕切られており、原判決の論法では、これは被控訴人の十分な指示でなされたこととなるから、この取引による損失は、控訴人の違法な行為による損害とはいえないはずである。そして、原判決は、平成二年五月二五日の建て玉及び同年八月三〇日の建て玉について、控訴人の違法行為があり、被控訴人に一九七一万円を超える損失が生じたが、そのうち控訴人の違法行為と因果関係があるのは、一〇〇〇万円であるとしているが、因果関係の存否を判定するに足る理由を付しておらず、理由のない判決である。

(被控訴人の当審における主張)

本件の控訴人の違法不当行為の特徴は、控訴人が先物取引業者であることを秘して欺瞞的に被控訴人に接近し、先物取引の経験のない被控訴人に先物取引に関する説明をほとんどすることなく、特にストラドル取引に関しては全く説明しないまま、取引の勧誘を行い、取引開始後損害が発生し拡大して、いわゆる「因果玉」となつたのを放置し、無用な両建てを繰り返し、また、ストラドル取引の損を取り返してやるといつて通常の先物取引を勧誘したことにあり、その全体の取引が違法不当なのであり、また、被控訴人に生じた損失は、全額賠償されるべきであるのに、賠償額を一部にとどめた原判決は、不当である。

第三  当裁判所の判断

一  当裁判所も、次に記載するほか原判決と同一の理由により、被控訴人の請求は金一〇〇〇万円及びこれに対する原判決判示の遅延損害金の範囲で認容すべきものと判断する。

(控訴人の当審における主張について)

1 控訴人は、控訴人の担当者の小向弘明は、被控訴人がストラドル取引を始める前に、その危険性を十分説明し、金・白金のストラドル取引の相場に関してその将来の予測を話して、被控訴人自身の判断で取引を始めるよう仕向けていたと主張する。そこで、これらの点に関して、本件の事実関係をみると、証拠によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 被控訴人は、本件ストラドル取引を始める前に株式取引の経験があつたが、株式の先物である信用取引の経験はなく、商品先物取引については、原判決認定のように、控訴人新潟支店が金先物取引の推奨を目的として開催した「経済講演会」に参加し、アンケートに答えるなどして、相当の関心を示してはいたものの、ストラドル取引を含めて、全く未経験であつた。

(二) 貴金属のストラドル取引は、二種の貴金属(本件では金と白金)の価格比差の変動に着目して行われるサヤ取売買であるとされ(東京工業品取引所貴金属ストラドル取引実施要領第一)、単品貴金属の先物取引と異なり、いわゆるヘッジングの機能もない純粋のマネーゲームであり、その取引の特徴は、概してリスクが少なく利益も少ないということにあるといわれている。しかし、リスクが少ないという特徴も金と白金とがある特定の値動きをする場合のことであり、予測に反してそのように値動きしないときは(本件の場合がそれであつた。)、金又は白金の単品先物取引よりリスクが大きくなるものであり、本件のように建て玉の枚数が多い場合には、損失の額も多額に上る結果となる。

(三) 控訴人の担当者であつた小向弘明は、金・白金のストラドル取引で将来の予測を立てるには、両者の値幅(前述の価格比差)自体の動きを観察し予測すれば足り、将来の予測は容易であるかのように供述するが、この取引の専門家は、金と白金それぞれの値動きを予測し、その両者の相関関係の中で利益が出るかどうかの予測を立てており、その判断は複雑で、この取引の将来予測に習熟するには相当の修練を要する。

(四) このようにストラドル取引は、一般の投資家にとつて、根拠のある相場観を持つことの困難な取引であり、多数の枚数のストラドル取引を行うときには、そのリスクが大きいにもかかわらず、控訴人の担当者であつた小向は、控訴人が平成二年五月二五日最初のストラドル取引を始める前に、ストラドル取引の仕組み等を具体的に理解できるよう十分な説明をせず、また、根拠を示して小向自身の相場観を被控訴人に説明することなく単に小向が示す見通しどおりに取引すれば利益を上げられる旨を強調していた。そして、同年七月中旬には、最初のストラドル取引が成功したといつて、現金一〇〇万円余りを被控訴人方に持参し、被控訴人を安心させた上で、同年八月三〇日に二度目の取引を行わせ、その時にも、前と同じようなすすめ方をした(原審における被控訴人の供述。なお、小向は、二度目の取引開始の時点で被控訴人に対し、五月の時点より値段の開きが縮まつていると説明したというのであるが、そのような相場の現状の説明のみでは、将来の相場の変動を根拠をもつて説明したことにはならない。)。

(五) 控訴人の社内には、取引の初心者を保護するため、取引開始後三カ月以内に二〇枚を超える枚数の取引を受託するには、担当者のみの判断では足りず、上司の検討を要する旨の規定があつた。ところが、被控訴人については、控訴人は、取引の最初(平成二年五月二五日)から規定の二〇枚の三倍以上の六九枚の建て玉を受託し、また、その後約三カ月間被控訴人の相場経験としては見るべきものがなかつたのに、同年八月三〇日の二度目の取引では、被控訴人から規定の二〇枚の七倍を超える一五三枚の大量の建て玉を受託した。控訴人がこのような受託をするについて、小向は上司と相談したというだけであつて、控訴人において、取引の初心者を保護するという観点からの実質的な検討がなされた形跡はない。

以上の認定事実及び原判決判示の事実関係によれば、上記平成二年五月及び八月の建て玉がなされるについて、控訴人の担当者は、ストラドル取引という危険を伴う特殊な信用取引について、その内容及び危険性につき被控訴人に対し十分に説明したとはいえず(乙三の約諾書及び乙四の説明書に被控訴人が署名していることは、右説明が十分なされたことを裏付けるものとはいいがたい。)、また、被控訴人が将来の相場の変動に関して自ら十分な判断をなし得ないのに、控訴人の担当者は、相場変動の予測等に関する適切な資料を被控訴人に提供しないまま、担当者の判断に任せるよう働きかけ、実質的にはほぼ一任売買に近い状況で、未経験の顧客に勧めるべき限度を超えた大量の枚数の建て玉をさせたもので、これらの建て玉の受託に関する控訴人の行為は、違法不当であるとの評価を免れないものである。被控訴人が株取引の経験を有したこと及び貴金属の先物取引について積極的に関心を示し乗り気になつていたことなどは、前述のようなストラドル取引を右のような方法により最初から大量に行わせることを当然に許容する理由となるものではない。以上の点に関する控訴人の主張は、いずれも採用できない。

2 控訴人は、平成二年九月二六日以降被控訴人は自己の判断で取引しているとの原審の認定を前提にすれば、平成二年八月三〇日の建て玉(金五一枚買い、白金一〇二枚売りのストラドル取引)を平成三年二月一四日に仕切ることにより生じた損失は、控訴人の違法な行為による損害とはいえないはずであると主張する。しかし、証拠(乙一八の四ないし八)によると、上記建て玉については平成二年九月二八日現在ですでに一三〇〇万円強の値洗い損が発生していたのであつて、この損失は、その後拡大することはあつてもこれより下回ることはなかつたものであることが認められる。したがつて、これらの建て玉の仕切りが平成三年二月に被控訴人の指示で行われたとしても、上記一三〇〇万円ほどは、控訴人の違法な勧誘行為との関連性の強い損害であると考えられる。

3 控訴人は、原判決の因果関係の判断について根拠が乏しいと主張するが、右のような取引の経過と、本件損失の発生について被控訴人にも原判決判示の過失が認められることを考慮すれば、一〇〇〇万円の範囲内で控訴人が賠償責任を負うべき相当因果関係のある損害があるとした原判決の判断に誤りがあるとはいえず、この点に関する控訴人の主張は採用できない。

(被控訴人の当審における主張について)

被控訴人は、平成二年九月以降の取引を含めて、本件取引の全部が違法不当な控訴人の勧誘によつてなされたもので、被控訴人の損失は全額賠償されるべきであると主張する。

しかし、証拠によれば、次の事実を認定することができる。

(一) 平成二年九月上旬被控訴人は、追い証を請求され、それ以来小向を何度も自宅に呼んで詳しい説明をさせるようになつた。そして、同年九月二六日には、いつまでも追い証がかからないようにするため反対の建て玉をするということを納得して、両建てをした。

(二) 平成二年一〇月頃から被控訴人は、それまで自分自身の相場観を話すことがなかつたのに、それ以来自分自身の相場観を話すようになつた。

(三) 平成二年一一月以降の貴金属先物の通常取引は、被控訴人自身の判断でされたものである。

(四) 平成二年の年末から三年一月にかけては、被控訴人は、取引に関して小向と頻繁な相談を繰り返した。

これらの事実によれば、被控訴人は、平成二年九月上旬に平成二年八月三〇日の建て玉につき追い証を請求された頃から、本件ストラドル取引の危険性とその特徴等について、自分なりの認識を持つようになり、同年九月二六日、一旦その時点での損失の拡大を防ぐための両建ての取引をした後、損失を回復するために、小向の助言を得ながらも自分なりの判断で、取引をしたものと認められるのであり、それ以後の控訴人の行為が全体として違法であるとする、被控訴人の主張は採用することができない。

二  したがつて、上記の限度で被控訴人の請求を認容した原判決は相当で、本件控訴及び附帯控訴はいずれも理由がない。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤 繁 裁判官 淺生重機 裁判官 杉山正士)

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